2010年9月3日金曜日

国府町 大御和神社

すっごく近場で済ましてるように思われたら困るんですが(実は済ませてたりして)
きちんとお参りしたことがなかったのも確かなので、行って参りました。
延喜式内小社
主祭神 大己貴命
徳島市国府町府中(こう)字田渕644

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家から自転車で10分くらいです。(どうでもいい?)

創祀年代は不詳。
一説に大和国三輪神社から勧請されたと伝わる。
境内の由緒書きから転載します。



御祭神 大己貴命(大国主命)
延喜式内小社で「府中の宮」と親しまれている。
王朝時代国司政庁が此の地におかれ阿波国古代 の祭政の中枢となり、その国府の鎮守として、 累代国司の崇敬が厚かった社である。
本社は国璽の印及び国庫の鑰を守護せられし 神徳により印鑰大明神とも称したと伝えられる。「印鑰」即ち国司の宮印と諸司の蔵のかぎが紛失せぬように祈り、又神社の中に保管したという。
明治三年大御和神社と奉称し同五年郷社に列せられ昭和十一年県社に昇格した。

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写真を撮ってないんですが、別当寺である「千福寺(mapでは千輻寺)」にはミッキーとミニーの石像があって目が点になります。



ご本殿です。



神紋は「鍵」。まんまですね。


こんな所にも「鍵」が。
で、この場所から遺構が発見されているので、そこが国庁(国府)跡とされてますし
阿波国総社であったとも言われてますが



今、阿波国総社となってますのが「ここ」
西へ数百mほど離れた観音寺境内にある




「八幡大神宮」「惣社大御神」両神社であります。



だから、やっぱり「大御和神社」は総社じゃなく、国璽の印及び国庫の鑰の守護社
だったんでしょうね。
でもそうすると、国府跡がいよいよ判らなくなってきちゃうんですが。
それと、ここが総社だとしても主祭神が「応神天皇」となってるのは
なんでかな?なんて思ったりしちゃいます。
また、徳島県神社誌を見ると、この神社の責任役員の方が「勝間」氏と
なってる所も「おっ」と感じたりするんです。

本当は、もっと突っ込んで書こうと思ってたんですが、八倉比売神社とか
大神神社(おおみわじんじゃ)とかの関連でどうも整合性が取れない所が
いっぱいあって、頭の中がごちゃごちゃなんで(いつもそうなんだろうって?
実はそうなんです)今回は置いときます。
だって三輪山とか大物主、大国主命、己貴神(おおなむちのかみ)の関係
大御和(おおみわ)、大神(おおみわ)、大三輪(おおみわ)の関係
等々、書き出したら手に余るどころか、「えらいこっちゃ」の世界に突入
してしまいますので。(そうです、逃げですね(涙))









ところで、ちょっと面白い資料が出てきましたので、時間があって、まとめる
気力があれば(また、いい訳ばっかり)長編物でやってみたいという希望を
胸に秘めて、でもぐーたらして、でもちょっと書きたくて(ええい、うざい)
ま、期待しないで待っててください。