2011年6月24日金曜日

秘仏

もうホントにね頭打っちゃって(殴られたんじゃないよ)書くに書けず
古代史の事なんて忘れてしまいたい今日この頃です。
1週間書かないと、いろいろ書きたくなるかなと思ってたらそうでもないっす(笑)
もうちょっとお茶を濁させてね。

で、吉野川市川島町の川島城前にオープンした「空海の曼荼羅 風之櫻美術館」に
先週ですが行って参りました。
八十八箇寺の秘仏が写真で見られます。館内は広くありませんが、御本尊の写真等は
なかなかに見応えがございます。
で、今まで公開していなかった秘仏が出てきてしまった訳で、何故に今まで公開しな
かったのかと、いうところですね。
公開して指定文化財とかになっちゃうと、保存のため費用はもらえるけど、色々制約
も出てくるとか、貸し出しも受けなくちゃならないとか、うっとおしいのでなんて
理由もあるんでしょうね。
まあ、ホントに宗教的な理由で出したくなかった仏様もあるんでしょうが。
一般ピープルとしては単純に「隠すなよ、見せてくれよ」と言った所です。

では、八十八箇寺以外に秘仏は?
結構あるんじゃないでしょうか。
前から言ってますように、自慢じゃないですけど仏教関係にはひじょ〜に弱いので
何が貴重な御本尊であるかなんてよく分らないんですが、住吉島にこんなお寺が
ございまして。

より大きな地図で 本福寺 を表示
真言宗大覚寺派「本福寺」でございます。
ワタクシめの知ってる限りでは真言宗大覚寺派のお寺は徳島市内にあと一ケ寺しかない
はずなんですが。
このお寺を覗かせていただきますと、こんな立て看板がございまして。
ちょっと見にくいので、転記いたしますと。

薬師如来像と牛田九郎の墓
平安時代初期(815)吉野川下流で半農半漁の生活をしていた清右衛門と言う人がいた。
ある夜、夢の中で海辺に光っている物を見た。翌朝海辺に行き香りを放った木が流れていたのを持ち帰り大切に保存していた。幾日か過ぎて、一人の旅僧に清右衛門は快く宿を与えもてなした。旅僧はふと香り木を見ると「ただの木ではない、これで仏像を彫って差し上げよう」といって彫り始めた。これが本尊薬師如来の像であるという。明治三年庚午事変の際、徳島藩兵が美馬郡の稲田家を襲おうとするのを牛田九郎は軍監・下条勘兵衛と共に名西郡下浦まで追い、中止を説得したが失敗。二人はその場で切腹したという。

815年って、なかなかに年季が入ってますよねぇ。
弘仁6年(815)といえば嵯峨天皇(さがてんのう)の御宇、弘法大師が霊山寺で21日間
の修法を行っていた頃ですねぇ。
多分、もっと由緒が正しくないと、なんとか指定にはならないんでしょうね。
御本尊から胎内経とか出てくれば話は「ころっと」かわるでしょうけど。
でも、極めて貴重な御本尊だと思います。
まだ、拝ませていただいてませんが。
どなたか、行ってみていただけませんか?
近くの方がいいんですが、沖ノ洲とか(笑)

さて次回はもうちょっと早く書く気になれるかな。

4 件のコメント:

  1. 「風之櫻美術館」へ行っていただき、ありがとうございます♪
    仕事でオープンにかかわったので、たくさんの方に来てもらいたいと思います。
    二冊目の図録の印刷が終わり、7月には発売となります。
    これらの写真を粘り強く撮った事自体が奇跡です!!
    (*^。^*)♪

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  2. サクラサク48692011年6月25日 20:57

    ぐーたらさん、こんばんは。
    ご指名にあずかりました沖洲の住人です(笑)

    こんな近くにこんな凄いものがあるのですねー。
    しかし、一般人の私にそんな大切な薬師如来像を見せていただけるのでしょうか?
    見せて頂けるなら見せて頂きたいですけど・・・
    って・・・
    ぐーたらさん家からでもめっちゃ近いですよ(笑)

    頭は大丈夫ですか?
    冷やした方がいいですよ。

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  3. to すえドン さん
    狭い割に(失礼!!)内容が濃い美術館ですね。
    最初は「写真じゃあねぇ」なんて思いながら行ってみたんですが。
    結果の写真じゃなく、それを引っ張り出した関係者の方々の努力に敬意を表します。
    ところで、図録はどこかの書店で販売しないんですか?

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  4. to サクラサク4869 さん
    おや、沖洲にお住まいだったんですか(笑)
    >頭は大丈夫ですか?
    ですね(笑)
    写真まで撮ってるのに何書いてんだってとこですねぇ。
    言い訳すれば、この時は時間があんまりなかったんです
    (信じてくれそうにないけど)
    でも、近場は足が向きにくいですよね、ホントに。

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