2016年12月11日日曜日

まとめ:大宜都比売命の裔(12)

まとめ:大宜都比売命の裔(1)
まとめ:大宜都比売命の裔(2)
まとめ:大宜都比売命の裔(3)
まとめ:大宜都比売命の裔(4)
まとめ:大宜都比売命の裔(5)
まとめ:大宜都比売命の裔(6)
まとめ:大宜都比売命の裔(7)
まとめ:大宜都比売命の裔(8)
まとめ:大宜都比売命の裔(9)
まとめ:大宜都比売命の裔(10)
まとめ:大宜都比売命の裔(11)

前回から長期間空いてしまったのは理由もありますが、言っても仕方ないことで、兎にも角にも語り出した物語は終わらせなくてはならないものなのです。

とは言っても、大宜都比売命・阿波女の足跡を追ってかなり遠くまでやってきてしまいましたが、それにも自ずから限界がやってまいります。

ならば夫神である事代主命の行く先を追うべきでしょう。
それを示す系図が以前まとめ:大宜都比売命の裔(6)で出した

であるわけなのですが。
これまでにも何回か書いてきましたが大宜都比売命こと「阿波咩命」「阿波波神」「阿波神」が「事代主命」の本后として海を渡って赴いた地が 東京都神津島の「阿波命神社」であり、そこから安房神社、三嶋大社へ遷座されたとの由緒なのです。



まず「伊豆三嶋大明神由緒」を確認いたしますと。

御祭神が「積羽八重言代主大神」であり、その御后が「三島溝杭橛姫大神」「伊古奈比咩命」「活玉依毘売命」と見え。
 下の系図でそれが確認できます。
さらに言えば、その御子が「玉櫛媛」こと「媛蹈鞴五十鈴媛命」であり、後、神武天皇の王妃となります。
さらに「事代主神事蹟考」の付録に三宅神(「事代主命」のこと)が当初、三宅島阿古に上陸し后八柱を娶り二十七柱の御子神を設けた、いわゆる「三宅島の事代主」の系図がありまして。

三宅記によれば、三嶋神には八柱の后神がいて、そのうちの「阿波命神社」に祀られるのが「三嶋大社本后」である「長濱の御前」であります(下図)。



すっごく単純に「伊豆三嶋大明神由緒」、「三宅記」を並べて眺めれば「阿波神」「阿波命」つまり「大宜都比売命」が「三島溝杭橛姫大神」に見えてしまうのですが、これは気のせいなのでしょうか?
ただし、単純に決めつけるわけにもいきません。
現在、三嶋大社の御祭神は二柱
大山祇命(おおやまつみのみこと)
積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)
となっており

三嶋大社の祭神に関しては、古くは大山祇命祭神説・事代主神祭神説が存在した。大山祇命説は、鎌倉時代の『東関紀行』に始まって『源平盛衰記』『釈日本紀』『二十一社記』『日本書紀纂疏』等の諸史料に見える説である。三嶋神が伊予国一宮の大山祇神社(大三島神)に由来するという伝説に基づき、事代主神説が唱えられるまでは広く定着していた。一方の事代主神説は、江戸時代後期の平田篤胤の『古史伝』での主張に始まる説である。室町時代の『二十二社本縁』に「都波八重事代主神(中略)伊豆賀茂郡坐三島神、伊予国坐三島神同体坐云」とある記載に基づく。
江戸時代までの祭神は大山祇命とされていたが、幕末に事代主神説が国学者の支持を得たため、明治6年(1873年)に事代主神に改められた。その後大正期に入って大山祇命説が再浮上したため、2柱説が昭和27年(1952年)に制定されて現在に至っている。
近年の研究では、三嶋神は「御島神」すなわち伊豆諸島の神を意味するとして、上記2説とも後世の付会とする見方が有力視される。この中で、噴火の盛んな伊豆諸島で原始的な造島神・航海神として祀られたのが「ミシマ神」の始まりであるという。そして「ミシマ」の音から、後世に他の神に結び付けられたとも推測されている。wikipedia

でも、この
噴火の盛んな伊豆諸島で原始的な造島神・航海神として祀られたのが「ミシマ神」の始まりであるという。そして「ミシマ」の音から、後世に他の神に結び付けられたとも推測されている。
についても2002年頃の説であり、言わせて貰えば、最近注目されだした「三宅記」の記載と「阿波命神社」の存在と由緒を完全に無視しており、これでは余りに手落ちじゃないかと考えてしまいます。
ただ、「三嶋大社本后」である「長濱の御前」にしても「この時点」の本后であり、「三嶋大社」に祀られてからの本后であると断言はいたしません。
ただし、
『伊豆国神階帳』では伊豆国田方郡に三嶋神の次に「一品きさきの宮」と記載されているが、これは阿波咩命が三嶋大社に招祭されたことによるとされる。wikipedia
との説もあるようです(下図)。



「仮に」本后であったとしても、時代的な考証もできておらず、まさか「大宜都比売命」が「三島溝杭橛姫大神」であり神武天皇の王妃となった「媛蹈鞴五十鈴媛命」の母神などとは冗談にも書くことができないではありませんか(笑)。

続く

こんな感じで頑張りました