2018年5月23日水曜日

倭の神坐す地(5)

倭の神坐す地(1)
倭の神坐す地(2)
倭の神坐す地(3)
倭の神坐す地(4)
から続きます。
このシリーズ解りにくいのは百も承知でございます。

もう一度「阿波志」を確認しておきましょう。



延喜式亦小祀と爲す重清村谷口里に在り即ち廢城の東麓なり
神代紀註に一書に云ふ大國主神又の名は大物主神、又は國作大己貴命と號す又は葦原醜男と曰、又は八千戈神と曰、又は大國玉神と曰、又は顯國玉神と曰
其祠舊大祭料十緡(こん)、城主小笠原氏所割、兵燹に罹り小祀と爲る

「倭大國魂命」は「大物主」ではないかと書かせてもらいました。
「大物主神」は「大國主神」とよく言われており、これについてまず異論は出ないでしょう。
で、「大國主神」を祀る神社で最も有名であるのは、ここですね。
言わずと知れた「出雲大社」でありますが、ここの「出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)」を確認致しますれば
(注)出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)は、新任の出雲国造が天皇に対して奏上する寿詞

延喜式祝詞諺解. 下巻 

出雲国造神賀詞

出雲國造神賀詞【出雲國造者穗日命之後也】

八十日日波在止毛 今日能生日能足日爾出雲國國造姓名 恐美恐美毛申賜久 挂麻久毛恐岐明御神止 大八嶋國所知食須 天皇命乃 手長能大御世止齋止 若後齋時者加後字 爲氐 出雲國乃青垣山内爾 下津石根爾宮柱太知立氐 高天原爾千木高知坐須 伊射那伎乃日眞名子 加夫呂伎 熊野大神 櫛御氣野命 國作坐志大穴持命 二柱神乎始天 百八十六社坐皇神等乎 某甲我弱肩爾太襷取挂天 伊都幣能緒結 天乃美賀秘冠利天 伊豆能眞屋爾麁草乎伊豆能席登苅敷支天 伊都閇黑益之 天能和爾齋許母利氐 志都宮爾忌静米仕奉氐 朝日能豊榮登爾 伊波比乃返事能 神賀吉詞奏賜波久登奏

高天能神王 高御魂神魂命能 皇御孫命爾 天下大八嶋國乎事避奉之時 出雲臣等我遠神 天穗比命乎國體見爾遣時爾 天能八重雲乎押別氐 天翔國翔氐 天下乎見廻氐 返事申給久 豊葦原乃水穂國波 晝波如五月蝿水沸支 夜波如火光神在利 石根木立青水沫毛事問天 荒國在利 然毛鎭平天 皇御孫命爾 安國止平久所知坐之米牟止申氐 己命兒天夷鳥命爾 布都怒志命乎副天 天降遣天 荒布留神等乎撥平氣 國作之大神乎毛媚鎭天 大八嶋國現事顯事令事避支
 乃大穴持命乃申給久 皇御孫命乃静坐乎大倭國申天 己命和魂乎 八咫鏡爾取託天 倭大物主櫛厳玉命登名乎稱天 大御和乃神奈備爾坐 己命乃御子阿遅須伎高孫根乃命乃御魂乎 葛木乃鴨能神奈備爾坐須 事代主命能御魂乎宇奈提爾坐 賀夜奈流美命能御魂乎 飛鳥乃神奈備爾坐天 皇孫命能近守神登貢置天 八百丹杵築宮爾静坐支
是爾親神魯伎神魯美乃命宣久 汝天穗比命波 天皇命能手長大御世乎 堅石爾常石爾伊波比奉 伊賀志乃御世爾佐伎波閇奉登仰賜志次乃随爾 供齋 若後齋時者加後字 仕奉氐 朝日乃豊榮登爾 神乃禮自利臣能禮自登 御乃神寶獻良久登奏

白玉能大御白髪坐 赤玉能御阿加良坐 青玉能水江玉乃行相爾 明御神登大八嶋國所知食天皇命能手長大御世乎 御横刀廣爾誅堅米 白御馬能前足爪後足爪蹈立事波 大宮能内外御門柱乎 上津石根爾踏堅米 下津石根爾踏凝立 振立流耳能彌高爾 天下乎所知食左牟事志太米 白鵠乃生御調能玩物登 倭文能大御心毛多親爾 彼方古川席 此方能古川席爾 生立若水沼間能 彌若叡爾御若叡坐 須須伎振遠止美乃水乃 彌乎知爾御表知坐 麻蘇比乃大御鏡乃面乎 意志波留志天見行事能己登久 明御神能大八嶋國乎 天地日月等共爾 安久平久知行牟事能志太米止 御神寶乎持氐 神禮自利臣禮自登 恐彌恐彌毛 天津次能神賀吉詞 白賜久登奏
(表示できない文字が多数飛んでますので引用はしないほうがいいと思います)

「大國主神」こと「倭大物主」は「大御和乃神奈備爾坐」
「倭大物主櫛厳玉命と御名を称へて大御和の神奈備に坐す」と記載されております。
「大三輪」ではなく「大御和」とあるのです。
ちなみに出雲大社は「スサノオ神」が祀られていることはご存知の通りです。



ここで書いておきたいのは「大国主神」は一代だけの神ではないということです。
これは何度か書いてきたつもりですが

古事記 上四
故爾追至黃泉比良坂、遙望、呼謂大穴牟遲神曰「其汝所持之生大刀・生弓矢以而、汝庶兄弟者、追伏坂之御尾、亦追撥河之瀬而、意禮二字以音爲大國主神亦爲宇都志國玉神而、其我之女須世理毘賣、爲嫡妻而、於宇迦能山三字以音之山本、於底津石根、宮柱布刀斯理此四字以音、於高天原、氷椽多迦斯理此四字以音而居。是奴也。」故、持其大刀・弓、追避其八十神之時、毎坂御尾追伏、毎河瀬追撥、始作國也。

黄泉比良坂に追い至り、遥か遠くに夫妻を望み見て大穴牟遅神に曰く。
「汝の持っている生太刀、生弓矢をもって腹違いの兄弟を坂の尾根に追い伏せ、河の瀬に追い払って、貴様は大国主神となれ

大国主は「為るもの」なのです。
では、歴代の大国主とは?
この辺りは異論が百出する辺りであろうかと思いますが、一つ参考書を出してみますれば
大正十五年「大国主神御伝記 小沢打魚 著」
 

 1901年(明治34年)1月に設立された国家主義(右翼)団体である「黒龍会(こくりゅうかい)」の文芸担当であった「小沢打魚」の著書であります。
黒龍会の是非はともかく、内容ですよね。

初代「大国主神」は八島篠見神」いわゆる「八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)」であり、
古事記」において、八島士奴美神から遠津山岬多良斯神まで十五柱を指す十七世神(とおまりななよのかみ)の初代で、須佐之男命の子である国津神。 大年神や宇迦之御魂神の兄にあたる。
「日本書紀」においては「清之湯山主三名狹漏彦八嶋篠」(すがのゆやまぬしみなさるひこやしましの)、「清之繁名坂軽彦八嶋手命」(すがのゆいなさかかるひこやしまあでのみこと)、「清之湯山主三名狹漏彦八嶋野」(すがのゆやまぬしみなさるひこやしまぬ)などの名称で記述されている。 wikipedia

第二代が「国押瓊神」。出雲風土記の「国忍別命」と同神であると説明されています。
あるいは「古事記」において、大国主神の子孫の系譜が語られる段に記されている「国忍富神」のことかもしれません。


第三代
褰花神(やれはなのかみ)
深淵之水夜礼花神(フカフチノミヅヤレハナノカミ)は古事記ではスサノオのひ孫に当たる神。また大国主(オオクニヌシ)の曽祖父に当たる神です。


第四代
国引臣津瓊神(くにひきおみつぬのかみ)
古事記では淤美豆奴神(おみずぬのかみ)。
八束水臣津野命 やつかみずおみつののみこと
「出雲国風土記(いずものくにふどき)」の国引き神話に登場する神。
出雲(島根県)の国がせまいので,新羅(しらぎ)(朝鮮)や高志(こし)(北陸)などの国のあまった土地に綱をかけてひきよせ,領土を拡大したという。出雲の国名の命名者とされる。


第五代
天之葺根神(あめのふきねのかみ)
天之冬衣神(あめのふゆきぬのかみ)
古事記において須佐之男命の5世孫とされ、日本書記に5世孫は天之葺根神とされているが、同神かどうかは不明。
淤美豆奴神が布怒豆怒神の娘布帝耳神を娶って産んだ神で、刺国大神の娘刺国若比売を娶って大国主大神を産んでいる。

となりますが、ほぼ全て古事記、日本書紀等に記載されている神々であります。
この様な系譜に続いて「大物主」こと「大国主」こと「倭大國魂命」の代に続くのです。

ですが「大国主」の系譜を挙げたように「大国主」はいわゆる役職名であり、「国を司るトップ」のことを示しているのです。
では「倭大國魂」は「大物主」の和魂とか荒魂とか言われており、つまりは「倭」の代表者であるとの意味だと考えます。
例えば、「尾張大國靈神社」の御祭神は「尾張大國靈神」、大國魂神社 (いわき市)は式内社・大國魂神社に比定され、岩城(磐城)の国魂を祀ると言われております。

もう一度書きましょう「大國魂神」は「その国」の「国魂」(国の魂や大地の守護神、特定の地に生れ出た神として国生神という場合もある)なのです。
ならば「倭大國魂神」は「倭」の「国魂」なのです。

さて、思い出してください。
倭の神坐す地(3)を。


「平田 篤胤(ひらた あつたね)」の「古史伝」に興味深い記載がありました。
山上憶良の長歌を例とし
山上憶良が遣唐使として出立する多治比広成に対して詠んだ歌。
神代より 言ひ伝て来らく そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり 人さはに 満ちてはあれども 高照らす 日の朝廷 神ながら 愛での盛りに 天の下 奏したまひし 家の子と 選ひたまひて 大御言 [反云 大みこと] 戴き持ちて もろこしの 遠き境に 遣はされ 罷りいませ 海原の 辺にも沖にも 神づまり 領きいます もろもろの 大御神たち 船舳に [反云 ふなのへに] 導きまをし 天地の 大御神たち 倭の 大国御魂 ひさかたの 天のみ空ゆ 天翔り 見わたしたまひ 事終り 帰らむ日には またさらに 大御神たち 船舳に 御手うち掛けて 墨縄を 延へたるごとく あぢかをし 値嘉の崎より 大伴の 御津の浜びに 直泊てに 御船は泊てむ 障みなく 幸くいまして 早帰りませ
「もろもろの 大御神たち 船舳に [反云 ふなのへに] 導きまをし 天地の 大御神たち 倭の 大国御魂 ひさかたの 天のみ空ゆ 天翔り 見わたしたまひ 事終り 帰らむ日には」
  此の部分ですが
  平田篤胤、「古史傳」に曰く。
「荒魂大國魂神は、殊に外ツ國の事に預かり給ふ、と云傳のありて詠る事と聞こえたり」
つまり「倭大国魂神は外国に行って治めていた事がある神なので遣唐使の船の舳先に祀られているんですよ」と言っておるのです。


上記の部分と第四代「大国主」こと「国引臣津瓊神(くにひきおみつぬのかみ)」を見比べてください。
両神とも外国(とつくに)へ渡ったことのあるとの部分で一致いたします。
つまり、「大国主」と「倭大国魂」はきちんと検証すれば、歴代一致するはずなのです。
もっと言えば「大物主」も一致するはずなのです。

例えば、讃岐の金毘羅宮に祀られている「大物主」は「航海の神」であるので多分四代目であろうとか。

やっと先が見えたかなぁ。
次を最後と目論んでみます。(笑)
続く

はい、精進精進(笑)