2015年11月1日日曜日

前置その2「大宜都比売は阿波の國魂」

さて、お願いします。
付いてきてくださいね。
これから数度、このような形の前置きを書いて、それから本題をまとめます。
訳がわかんないと思いますが、最後にはまとまる予定ですので、是非ともお付き合い願います。(そのくらい掛けないと、自分でも収拾がつかないのよ〜)

さてと、
前置その1「大宜都比売は二度死ぬ」に続いて
「大宜都比売は阿波の國魂」です。
まずは、これを見ていただきましょうか。
「名西郡鬼籠野村 郷土誌」




「備考 祭礼と兵乱」部より
一宮大粟神社の祭官は上古より殊に其神裔たる粟國造の下分上山村の國造本館にありて世々奉仕する特別の官にして之を宮主と唱へ相傳ふること神祖より三十四世國造家宗成に至りて時の豪族小笠原長宗に横奪せられ長宗一宮氏を冒して祭官に任せられ相傳ふること三世にして成行と云ふ成行の父成宗一宮城を築き移る是れより城主と祭官とを二分して其子に傳ふ長を成良とす代々城主を相傳して一之宮城に居り次を成直とす祭官を相續して神領村國造別館にありて祭職を務む之を一宮殿の祖とす一宮殿代々祭職を傳ふる又数世にして木屋平氏に滅せらる惜い哉一之宮殿の亡びて後祭官絶へて僅かに別當神宮寺と御供炊人なる阿部氏等の奉仕するのみとはなりて千古の盛典格式をして空しく其儀を失はしめ随て式内の大社をして空しく他の小社と相齋しからしむるに至る噫請ふ誠に口碑傳説の信すべき證在を列舉して其理を詳述せん
上一宮大粟神社の分靈を祭祀する名東郡上八万村大字一宮村一宮神社に傳はる阿波女社宮主祖系と題せる書あり上古より祭官たりし國造家三十四代世の人名を記し其末に「以祭事傳神禄附属祭官宮内大輔長宗」と書せり蓋し小笠原氏未だ一宮氏を冒さざる前に於て祭官職を得て祭官の傳來を記述せしものとす此書果して原本なるや將た一宮殿に藏する所のものを傳冩せしものなるやを知らずと雖も以て本社祭官の傳來を察知するに足る其書によれば祖神を阿波女神となしその始祖を若室神と為す若室神より天盤戸主神健豊神健忍方神多久理彦神八倉主神宇賀主神畠多神等数世の諸神相継き後を佐人と云ふ佐人より賀田彦、於志翁、屋那男、岩肩彦、豊長彦、里利夫、與理彦、田茂理、豊茂理、豊成、兼諸、経宗、忠成、忠宗、宗長、宗信、宗國、宗慶、宗堅、宗親、宗昌、宗時、宗行の二十余世を経て祖神より三十四世を國造家宗成と云ふ宗成に至り祭神を以て神録附属を祭官小笠原宮内大輔長宗に傳へしを知る即ち上古阿波女神の神裔代々國造家として祭官を奉せしこと暦然たり
以上の國造家が在往せしを國造本館と称し今尚上山村■■■に其館跡存せり上古より世々國造家の在往せし所と云ふ而して神領村に國造家別館なるものとあり即ち阿波風土記に國造館となせるもの之れなり


写真は「一宮神社」

さて、ここで「阿波女社宮主祖系」なる書名が記されております。
此の書大正四年(1915)時点では徳島市一宮町に鎮座まします「一宮神社」に所蔵されていた「はず」なんですが、残念ながら現在は伝えられていないとのことです。
で、神領村史などに残されている記載と前回「大宜都比売は二度死ぬ」にて少し紹介した「粟国造粟飯原家系図」とを比べてみることができます。
その結果としては、祖神は「粟国造粟飯原家系図」においては「大宜都比売神」、「阿波女社宮主祖系」においては「阿波女神」との記載が確認されております。
つまり阿波国においては「大宜都比売神」イコール「阿波女神」と伝承されてきたということです。

ではこの「阿波女神」聞きなれない、あるいは全く聞いたことのない神名だと思いますがこれは阿波国のみに見受けられる神名なんでしょうか?
大正元年発行の「大日本神名辞書(明治神社誌料編纂所 編)」を開いてそれらしい記述を探してみますれば。



「咩」は漢音では「ビ」と読みますが、国内では「白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)」や「乙咩神社(おとめじんじゃ)」などのように「メ」と読み、意味は「女(メ)」に同じですので、上記に示されております「阿波咩命」は「阿波女神」と同神だとお分かり頂けると思います。

つまり
「阿波女神」は
「阿波神」「阿波咩命」「阿波々能神」「阿波波神」「天津羽羽命」と同神であり、事代主神(八重事代主神)の后神であり、天石戸別命の御子であるとの解釈が一般的であろうと思われます。
ここを念頭に「粟国造粟飯原家系図」中「大宜都比売神」の部分を見ていただきますと

「積 羽八重事代主神」の后神で粟国魂、亦の名を「大阿波女神」「阿波女神」「阿波波神」「天津羽羽命」であり、「大日本神名辞書(明治神社誌料編纂所 編)」と同様の記述ですね。
その前後に、腰が抜けそうな記述がいくつかありますが(笑)、この時点ではとにかく
「大宜都比売神」は「積 羽八重事代主神」の后神で粟国魂、亦の名を「大阿波女神」「阿波女神」「阿波波神」「天津羽羽命」
と言うことで、よろしくお願いいたします。

ちなみに「名西郡鬼籠野村 郷土誌」の
以上の國造家が在往せしを國造本館と称し今尚上山村■■■に其館跡存せり
■■■の部分はあえて伏せてありますのでご容赦を(笑)

さあさあ、眉に唾つけなおして進行、進行〜。

9 件のコメント:

  1. 掘り起し御苦労様です♪
    ワクワクしてきます!!
    忌部・天日鷲命を追っかけます(●^o^●)♪

    返信削除
    返信
    1. >忌部・天日鷲命を追っかけます(●^o^●)♪
      頑張ってください。
      こちらも、後から追っかけますので。

      削除
    2. 何をおっしゃいますやら・・・
      追い越されています\(^o^)/

      削除
  2. 他国にはない神名の別名、伝承、系図というだけで真似っ子ではないオリジナリティの高い一級史料というのが分かりますね。しかも日本国の根幹に関わる・・。

    返信削除
    返信
    1. 日本国の根幹がどこにあるかを分かってもらえる、数少ない史料の一つだと思います。
      単なる伝承に終わらず、きちんと解釈すれば.......(凄いですよね)。

      削除
  3. きよっさん2015年11月2日 17:02

    お疲れさまです。
    天照大神や素戔嗚命を追うより阿波の国魂 大宜都比売を追及した方が全てと繋がりそうですね。
    粟国造粟飯原家図での解明、大いに期待しています。

    あと、この関連から入田村史をもう一度読みなおしてみましたがとても面白いですねえ。。。

    返信削除
    返信
    1. 思い出しました。

      余切に謂ふ、是は、皇太神駐驛の處也。神號に、天石門別と冠す、乃ち天石門別が斎所八倉姫の義なるならんか。八倉は、八重席を謂ふ。諸(これ)を彦火々出見ノ命及び橘姫の事に徴して知るべきなり。
      抑々神代に謂所高天原は、皇都の在る處にやあらん。

      入田村史に書かれる「岡本監輔」氏の一節。
      これは何度読んでも痺れますなぁ。

      削除
  4. オオゲツヒメの旦那さまがコトシロヌシ…。
    あらま...(絶句)。
    あごが外れたり腰が抜けたり、えらいこっちゃ~

    返信削除
    返信
    1. 三島大社の本后が阿波咩命(阿波女神)なのは結構しられてまして。
      http://goutara.blogspot.jp/2014/03/end.html
      http://goutara.blogspot.jp/2014/04/blog-post.html
      http://www.geocities.jp/engisiki/izu/bun/iz140132-01.html
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B6%8B%E5%A4%A7%E7%A4%BE
      なのですが「大宜都比売神」が「阿波女神」だと分かるのは、この「粟国造粟飯原家系図」くらいのものだと思います。

      削除