「ヤマトタケル」って誰?
あなたは、こう問われた時、即答できますか?
ワタクシは即答できません「でした」。
事跡を滔々と羅列することはできるでしょう、でもそれは「ヤマトタケル」が誰かという説明にはならないと思うんです。
少女から発せられたこの問いに、おぢさんはどう答えるべきだったのでしょうか。
で、身の程知らずに、このシリーズをおっぱじめようってご趣向でございます。(涙)
では、まず極めて安易にwikipediaより引用してみましょう(笑)
ヤマトタケル(生年不詳 - 景行天皇43年)は、記紀などに伝わる古代日本の皇族(王族)。
『日本書紀』では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)」、『古事記』では主に「倭建命(やまとたけるのみこと)」と表記される。現在では、漢字表記の場合に一般には「日本武尊」の用字が通用される。
第12代景行天皇皇子で、第14代仲哀天皇の父にあたる。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄である。
また
『日本書紀』・『古事記』・『先代旧事本紀』とも、本の名は「ヲウス(オウス)」、亦の名は「ヤマトヲグナ(ヤマトオグナ)」で、のちに「ヤマトタケル」を称したとする。それぞれ表記は次の通り。
『日本書紀』・『先代旧事本紀』
本の名:小碓尊(おうすのみこと)、小碓王(おうすのみこ)
亦の名:日本童男(やまとおぐな)
のちの名:日本武尊(やまとたけるのみこと)、日本武皇子(やまとたけるのみこ)
『古事記』
本の名:小碓命(おうすのみこと)
亦の名:倭男具那命(やまとおぐなのみこと)、倭男具那王(やまとおぐなのみこ)
のちの名:倭建命(やまとたけるのみこと)、倭建御子(やまとたけるのみこ)
「ヲウス(小碓)」の名称について『日本書紀』では、双子(大碓命・小碓尊)として生まれた際に、天皇が怪しんで臼(うす)に向かって叫んだことによるとする。「ヲグナ(童男/男具那)」は未婚の男子の意味。「ヤマトタケル」の名称は、川上梟帥(または熊曾建)の征討時に捧げられた。「尊」の用字は皇位継承者と目される人物に使用されるもので、『日本書紀』での表記は同書上でヤマトタケルがそのように位置づけられたことによる。
とあります。
つまりは、景行天皇の御子で、名は「小碓命(おうすのみこと)」というのが大意であります。
ですが、冒頭に申し上げましたように、こんな説明で納得してもらえるとは露にも思っておりません。
南のお嬢様を折伏するために(笑)数回頑張ってみようと思います。
下手な前口上はここまでとして、次回より本題へと進んでまいります。
続く
年度末のクソ忙しい時に始めるなんて、あー自己逃避の典型じゃないっすか。
どーせコロナでどこにも行けないしなんて自分を誤魔化すんだろーなー。
あーあー。
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